「僕は大学生まで野球ひと筋。最初はパン屋を継ぐ気はありませんでした」と語る辻井さん。家業の丸栄製パンは1950年に長浜市で創業し、戦後の食糧難の時代に配給パンの製造を担い、その流れを引き継いで滋賀県内の小中学校など158校の学校給食を請け負うようになりました。
「コープしがさんとのお付き合いは、コープしがさんが発足された翌年の1994年から。それはもう、組合員さんには鍛えられました。『あんなパンがほしい』『こんなパンがほしい』というご要望から、添加物に関するお問い合わせまでいただき、そんな交流を重ねるうちに、『パン屋って楽しいな』と思うようになりました」。
製パン業の仕事に誇りを持ち始めた辻井さんでしたが、一つだけモヤモヤとしたわだかまりがありました。それは丹精込めた給食パンについて、よい感想が届いていないことでした。
「僕らの業界では『1粉、2タネ、3技術』といわれるくらい小麦粉が大切です。しかし、学校給食は県の学校給食会から支給された材料を委託加工するだけです。それらの材料は栄養バランスに優れてはいるものの、味はどうしても二の次になりがちです」。
そんな時に思い出したのが、米作りが盛んな長浜市で、秋でもないのに黄金色に染まった田んぼの風景でした。
「その黄金色の正体は、米の転作作物として栽培される麦でした。調べてみると滋賀県は、全国でも指折りの小麦の産地だったのです」。
これをパンに使えないかと辻井さんはひらめきました。誰がどこで育てたのかがはっきりわかる材料で、毎日安心して食べられるおいしいパンを作りたい。それが農と食をつなぐ自らの使命だと考えたのです。
そこで早速、既存の滋賀県産小麦でパンを作るも、見事に失敗。そもそも滋賀県産小麦はパンよりも麺に向く小麦の品種でした。
「それからが苦労の連続でした。まずは滋賀県で栽培しやすくパンに適した小麦の品種を探し出し、当時出始めたばかりのニシノカオリという品種を農家さんに作付けしてもらいました」。
小麦は無事に育ったものの、収穫量はなんと2トンに! とても1軒のベーカリーが抱えきれる量ではありません。
「しまった! と思いました(笑)。ですがそれより『どこで製粉するのか』ということの方が問題でした。なにせ近隣の製粉所は10トン未満の小麦を受け付けてくれませんでしたから」。
そのため、米粉の製粉機械を流用した簡易製粉機を独自で開発。精製度の高い白い小麦粉ではなく、外皮ごとゴリッと挽ける全粒粉なら、自社でも製粉できるようになりました。
「全粒粉を使った商品を生み出すにあたって頼りにしたのがコープしがさんです。この全粒粉を使って、組合員さんと一緒に商品開発できないかと。組合員さんが『いい』と思ってもらえる商品なら、支持され、やがては滋賀県産小麦の消費拡大と認知度の向上につながるからと考えたんです」。
こうして2009年に滋賀県産小麦100%全粒粉食パンが誕生。全粒粉特有のクセの強さやザラザラ感をなくすため、微細粉末にした全粒粉を生地に練り込んであります。
「滋賀県産小麦の特徴は、もっちりしっとりした食感です。まさにお米に取って代われる日本人好みの味だと思います」。
このパンのヒットによって組合員のお墨付きを得た辻井さんは、地元農家の協力のもと滋賀県産小麦の作付けを拡大。10トン以上の収穫量を確保して、近隣の製粉所でも精白した小麦粉に加工してもらえるようになりました。
そして2022年、生協での実績が評価され、ついに滋賀県内の学校給食パンの小麦がすべて県産小麦に転換されました。学校給食パンの小麦を自県産に限定するのは、北海道と山口県に次ぐ全国3番目の快挙となりました。
組合員が参加する商品開発検討委員会とポコ・ア・ポコ(丸栄製パン)の共同開発で、野菜を使った2種のミニ食パンができました。材料には「滋賀有機ネットワーク」の規格外の人参と、ほうれん草を使用しています。生地には粉末状の野菜を練り込み、野菜本来の甘みと淡い色合いを楽しめるようにひと工夫されています。子どもが野菜を食べ始めるファーストステップとして、さらに水やミルクでふやかすとパン粥の離乳食にもなるなどアレンジのきく商品です。6月4回のコープしがマルシェにてデビューします(税込106円、2点以上の購入で1点あたり税込96円に)。ぜひお試しください!
僕は、意外と和食に合うパンだと思います。のりの佃煮や金山寺味噌をのせてもいいし、みそ汁にもよく合います。
なぜなら、滋賀県産小麦は洋ではなく「和」の小麦。ご飯のようにもっちりとした食感が持ち味です。ちなみに僕のイチ押しは納豆トースト! 隠し味にマヨネーズを入れるのがポイントです。
8月号の「だから、おすすめ。」では「骨取りさばのみぞれ煮」と「骨取りたらの甘酢あんかけ」を紹介します。
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