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ふくしのお知らせ

介護事業だより:第11号-1

【2020.01.17 更新】
介護事業だより 11号-1 

認知症の人と家族の会 滋賀県支部

 男性介護者のつどい 「中北の家」

通常「介護者のつどい」は女性が多いのですが、男性の介護には男性ならではの悩みや、問題点があります。「男性介護者のつどい」は10年目を迎えました。大津、彦根、山科、大阪からも参加され、野洲市の「中北の家」で毎月14、5人が10時半から2時半まで昼ご飯を食べながらおしゃべりをします。

絶望からのはじまり

●25年前、妻が「若年性アルツハイマー」と診断されました。「治してください」と先生に言いましたが、「治りません」と言われました。これが私の介護のスタートでした。その後妻を看取り現在88歳独り暮らしを続けています。

●妻(72歳)を介護。「絶対治らない」「進行あるのみ」これはイヤというほど聞いています。

情報と救いを求めて

●妻(72歳)を介護して5年。「つどい」には、毎月皆出席。年代が近く、男ばかりで話しやすいのと情報提供を受けること、自分のことを話すことで気が楽になります。

●レスパイト入院(一時的にケアを代行し、家族に休息の時間を与える)。妻(72歳)。会話ができないので一方的に自分が喋って聞かせるだけの毎日です。それが13年。今彼女が、私のために入院をしてくれているから、私はここに来られます。

●約10年母を介護しました。これ以上介護が長引いていたら私も精神的に参ったと思います。男性の場合はどうしても自分の中に籠りがちです。人と話し合う機会というのは大事だと思います。

●母を6年介護し、9年前に見送りました。男というのは定年退職したら、喋れるところってなかなかない。月一回ここへきて、介護のストレスを発散して帰ってもらうのが、私の役目と思っています。

まず心の安定と覚悟

●母を介護して3年。「介護される人の気持ちに寄り添うことが一番大事」とのアドバイスを受け、まず自分の気持ちを整えることから介護生活に入りました。

●妻78歳。2011年に「お金の管理ができない」と言われ、だんだん物がわからなくなっていった。でも、絶対怒ってはいけない。朝も、昼も、夜も「帰る」「帰る」の繰り返し、気持ちを切り替えるために国民休暇村をまわったり2時間ほどドライブをして帰ったこともありました。一晩中徘徊して足の指は血まみれ、失禁状態で警察に保護されたこともあります。今は施設に入所。面会に行って帰る時に「私も帰る」という。帰る姿を目で追われるとたまらない。

妻の笑顔に支えられ

●妻73歳、要介護5。全く会話もなく、反応もない。でも、笑顔だけが残っています。素晴らしい笑顔です。それだけが喜びで、ずうっと介護をしてきました。

●妻は65歳で発症。9年間在宅で、摘便まで全部やりました。今は特別養護老人ホームに入っています。意思表示は一切できません。ただ、私の話にうなずいてくれます。

たまに名前を呼ぶと小さく「はい」と返事をしてくれます。それが楽しみで年360日くらい通っています。

●家内は76歳、約5年在宅介護をして、去年から特別養護老人ホームに入っています。昼弁当を持って行って一緒に食べる。10年ほど前の写真を持って行って、楽しかったことを話す。そして「おかあさ~ん」と言ってハグをしてやる。そうしたら抱き着いて離れないんです。1年ほど経つと家内の顔が病気する前の穏やかでにこやかな顔になってきた。先生が「合せ鏡や」と言ってくれました。

生き甲斐のある人生

●家内を見送って7年。今は、旦那さんが入院し一人暮らしが難しい奥さんと、自転車で転倒して大腿骨にひびが入った独居の女性をボランティアで支援しています。

●人間って、リタイアすると生きる目標を見失いがちです。私は認知症になった母親のおかげで自分の人生が一つ定まってきた。最初は支援されていた人たちが、だんだん支援する側に変わってくる。それが「つどい」の大きな力かなといつも思います。男性は一所懸命やる反面、1人で介護をしているとストレスを抱え込んでしまいます。そして、そのストレスは、被介護者に向けられ、事件につながりやすい。そういう意味では生協の施設を地域に開放し、つどいの輪を広げるために力を貸していただきたいというのが今の望みです。

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