本文へ

スペシャルインタビュー
陶芸家・神山清子さん


9月30日から放送スタートしたNHK朝の連続テレビ小説「スカーレット」。舞台は滋賀県甲賀市の信楽町とあって、注目している滋賀県民の皆さんも多いのでは? 物語は、日本六古窯のひとつである信楽焼に出会い、女性の陶芸家が認められていなかった時代に、陶芸家としての道を歩むことを決意した女性の半生記。そんなヒロインのモチーフになっているのが、信楽在住の陶芸家・神山こうやま清子きよこさんです。

信楽の土で、信楽の空気で、信楽の窯だからできるんです。

神山清子さん

PROFILE
神山清子さん。1936年生まれ。日本の女性陶芸家の草分けであり、同じく陶芸家であった長男・神山賢一氏が白血病に倒れたことから、骨髄バンクの立ち上げにも尽力。滋賀骨髄献血の和を広げる会代表。

「焼きものの里」として知られる信楽町の一角に、赤い屋根が目を引く昔ながらの日本家屋があります。ここが神山さんの仕事場兼作品展示場。母屋と窯場カマバをつなぐようにツタが生い茂るブドウ棚を抜けると、神山さんの作品の中でも人気が高い、食器類が並ぶ販売室もあります。

編集部(以下、編):神山さんが信楽焼に出会ったのはいつ頃ですか。

神山さん(以下、神):私は長崎県の、高島炭鉱で栄えた高島という島で育ちました。終戦後、父の仕事の都合で滋賀県内を転々とし、信楽町にたどり着いたのは小学5年生のお正月前。当時、学校の通学路に商店街があって、そこに陶器屋さんが何軒かありました。できたばかりの火鉢が軒先に干してあったのを覚えています。藤原さんというおじいちゃんが、ふんどし姿でろくろを回してタヌキを作っていたりね。

編:今では信楽の代名詞にもなっているタヌキの置物を、最初に作ったといわれる藤原銕造さんですね。

:そうです。そこを通るたびにろくろを回している姿を眺めていて。目が回るんじゃないかなって(笑)。ある時、学校で信楽焼について発表する機会があって、そのために先生が信楽焼の窯元に連れて行ってくれた。それが信楽焼とのちゃんとした出会い。こんな風に作るんだ、面白いな! 作ってみたいな! と感動して、その後も怒られるまで眺めていたり、窯場まで入って作り方を見たりね。でも「女が見にくるもんやない」って怒鳴られて。

編:その頃は女性の陶芸家はいなかったんですね。

神山さんの作品。必ず手の跡を残したり小さい石を混ぜ込んで、手仕事の風合いを出す。

:18歳の頃に、窯場にいた男性に「私でも作れる?」と聞いたことがあった。タヌキやったら私でも簡単に作れると思ってね(笑)。そうしたら「女のお前には無理」と。それまで女性の陶芸家なんていなかったし、そもそも女性は、窯の前に立つと火の神様が怒って、その窯がダメになるから女は入るなと言われていたので。…でも私には(そんな迷信)関係ないじゃないですか。

編:強いですね!

ほかの人が1時間なら、私は3時間努力する

神山さんの販売室でも購入できるコーヒーカップ&ソーサーと花瓶。この緋色が神山さんの持ち味であり、人気の理由。

:やってみたくて仕方なくて、頼み込んで入らせてくれた窯元で、見よう見真似で始めました。でもいくら作ってもダメ。そんな私を笑った男の子に、悔しいけれど教えてもらいました。火鉢の絵付けも、窯元で目に焼き付けては、家に帰って描いてみての繰り返しで、人の倍以上努力しました。それは今でも習慣になっていて、畑仕事も料理も、ほかの人が1時間なら、私は3時間取り組みます。できる人と比べるということが大事。その人を追い越すならその人以上にしなければいけません。

編:その努力があって、現在の神山さんが在るんですね。神山さんが手がける食器類も人気があります。

:信楽焼は火鉢や植木鉢などの大物ばかりで、日常使いの食器類があまりなかったから、作ってみようと。でも27、28歳だった当時は窯を持っていなくて、家で作っては窯場に運んで焼いてもらいました。信楽焼といえば、と思い込んで白と海鼠なまこ色の釉薬ゆうやくを半々に付けてもらったら、「火鉢に使う安い土で、ランクの低い釉薬を食器に使うとは何事か」と怒られた。そんなことも知らなかったんです。
でも、東京の百貨店に置いてもらったら「これはきれいだ」と受けた! そこから食器や花びん、特にコーヒーカップ&ソーサーは喫茶店からの注文を多くいただき、作陶活動も本格化しました。

誰が見ても「神山の作品だ」と言われる手仕事を大切に

神聖な雰囲気さえ漂う寸越窯。

編:神山さんの作品は、「寸越ずんごえがま」で焼き上げる、釉薬を使わない自然釉の独特の色合いが特徴的です。

:海外も含めて色んな土を試したけれど、最終的に室町時代から使われていた信楽の土をみつけました。それを通常よりさらに高温で焼いてみたら、緋色や黒のきれいな自然の色が出た。焼き加減で個性を出せることに気付いたんです。

編:素朴で温かみのある風合いは、海外での評価も高いと聞きました。

:海外には私の作品を真似る人もいるようですが、信楽の土で、信楽の空気で、信楽の窯だからこそ、できるんです。
人と同じことをせず、人ができない仕事を選び、誰が見ても「神山の作品じゃないか」と言われる作品を生み出し続けていきたいですね。

編:最後に、組合員でもある神山さんは、コープしがをとても愛してくださっているとうかがいました。

:車のないひとり暮らしにとって、生協は命と言ってもいいほど(笑)。
1週間の間に何度もチラシを見ます。おいしいものをイメージしながら文字を読むのは、脳の活性化になっていると思っています。衣服もほとんど生協、おしゃれも楽しんでいます。「孫たちが喜ぶかな」と思いながら商品を選び、送って喜んでもらうのも楽しみです。
色んな商品を試すのも大好き。どのように食べた方がおいしいか料理法を研究したり、豆腐など何種類もあるものは食べ比べをするの。

編:生協のある暮らしを存分に楽しんでくださっているようですね。ありがとうございました。

ページトップへ